豆知識
2025/10/31
すべり係数を正しく理解する!高力ボルト摩擦接合面へのジンク塗料適用
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「ジンク塗料を塗れば、高力ボルト接合面のすべり係数をクリアできると聞いたけれど、本当?」と疑問に思われている方もいらっしゃるでしょう。
本記事でも詳しく解説しますが、原則として現場で施工が簡単な有機ジンク塗料のみでは、高力ボルト接合面のすべり係数をクリアすることは困難です。
本記事では、実際の試験データに基づき、なぜジンク塗料のみではすべり係数のクリアが難しいのか、わかりやすく解説しています。
高力ボルト接合面にジンク塗料を使おうと考えている方は必見です。
すべり係数とは?
すべり係数とは、接合される鋼材の摩擦面における摩擦抵抗力の大きさを示す指標です。
数値が大きいほど滑りにくく、確実な接合が可能となります。
高力ボルト摩擦接合において、すべり係数は、構造物の安全性を左右する極めて重要なパラメータです。
鋼構造物の摩擦面に要求されるすべり係数は、以下の通りとなります。
高力ボルトによる摩擦接合では、ボルトの締付け力により接合面に圧縮力を与え、その摩擦力によって荷重を伝達します。
接合面のすべり係数が設計で想定した値を下回ると、想定外のすべりが生じ、構造物の安全性が損なわれる可能性も否定できません。
溶融亜鉛めっきの摩擦接合面の補修についての誤解
近年、鋼構造物の耐久性向上のため、溶融亜鉛めっき処理が広く採用されるようになりました。
鉄骨造の施工方法に関する標準仕様書「JASS 6」には、「溶融亜鉛めっきの摩擦接合面へは補修してはいけない」という趣旨の記述があります。
この記述が業界で新たな誤解を生んでいる可能性があります。
まずは上記2点について正しく理解することが大切です。
JASS 6の「補修してはいけない」の意味
この規定は、溶融亜鉛めっき面のキズや欠損部分を、後から塗料で補修してもすべり係数が確保できないため、塗料による補修を禁止しているものです。
「溶融亜鉛めっきを使うな」という意味ではなく、めっき面の接合部にはリン酸処理など正しい処理をするように記載されています。
しかし、この記載があるために「溶融亜鉛めっきは補修できないから、鋼材全面をあらかじめジンク塗料で塗装した方が良いのでは?」と誤解する人が増えているのです。
ジンク塗料だけでは規定のすべり係数を確保できない
結論から言うと、ジンク塗料を塗布するだけでは、規定のすべり係数を確保することは難しいのが実情です。
それにも関わらず、鋼材全面をジンク塗料で塗装すれば良いと誤解しているケースが見受けられます。
近年「ジンク塗料ですべり係数0.45を達成」といった表現を目にすることがありますが、これはあくまで特定の試験条件や前処理の前提があって得られた数値です。
実際に標準施工要領書には「ブラスト処理(Sa 2 1/2以上)が必須」と明記されており、資料を読み込めば、ジンク塗料のみでは規定のすべり係数を確保できないことがわかります。
このような誤解は、メーカーの説明不足というよりも、カタログやプロモーション資料の数値や「大手ゼネコンで採用実績多数」などの文言が独り歩きしているのが一因です。
製品性能の理解には、取扱説明書を読み込み、施工要領を正確に確認する必要があります。
ジンク塗料ですべり係数を確保する方法
実際にジンク塗料ですべり係数を確保するためには、下地処理としてブラスト処理が必須となります。
実際の試験データを見ながら、確認していきましょう。
下地処理でブラスト処理が必須
画像:ブラスト処理のイメージ
ブラスト処理(ショットブラスト、サンドブラストなど)は、鋼材表面に微細で均一な凹凸を形成する処理です。
この凹凸により、摩擦抵抗が飛躍的に向上し、ブラスト処理を施した面は、何も塗装しなくても高いすべり係数を示します。
つまり、ブラスト処理+ジンク塗料という組み合わせで規定値をクリアしたとしても、主にブラスト処理による効果であり、ジンク塗料そのものの性能ではない可能性が極めて高いのです。
実際の試験データ
日新インダストリーでは、高濃度ジンク塗料『ジンクZ96』について、通常の鋼材表面でのすべり係数試験を実施しました。
■試験条件
・下地:中板・側板ともにJIS G3136 SN400B(ブラスト処理なしの通常の鋼材表面)
・塗膜厚:80μm(規定膜厚)
■試験結果
・すべり係数:平均0.297『ジンクZ96』は一液型の有機ジンク塗料です。
通常の鋼材表面に塗装しただけでは、要求されるすべり係数0.45という基準を大きく下回ります。
有機ジンクよりも耐久性や密着性に優れている無機ジンクであれば、すべり係数をクリアできる可能性はありますが、そもそも下地処理でブラスト処理が必須です。
有機ジンクと無機ジンクの違いについては、以下の記事で詳しく解説していますので、合わせてご確認ください。
参考記事:無機ジンクと有機ジンクは何が違う?1液と2液の違いも解説
溶融亜鉛めっきの摩擦接合面の正しい補修方法
溶融亜鉛めっきの摩擦接合面は、以下の方法で補修する必要があります。
無機ジンクでの補修もJASS 6で認められていますが、前述したとおり適切なブラスト処理が必須となります。
つまり、単に塗料を塗るだけの方法は認められていないのです。
それぞれの補修方法について、掘り下げて確認していきましょう。
リン酸処理
リン酸処理は、摩擦接合面の溶融亜鉛めっき表面にリン酸皮膜を形成し、表面の酸化皮膜や油分を除去して摩擦係数を安定させる方法です。
めっき表面を適度に粗化し、化学的に安定化させることで、ボルト締結時のすべり係数を確保できます。
JASS 6においても、溶融亜鉛めっき面のすべり係数確保にはリン酸処理が推奨されており、実績も豊富で信頼性の高い工法です。
赤さび処理
赤さび処理は、溶融亜鉛めっき表面に意図的に軽い酸化を生じさせ、表面を粗化して摩擦性能を高める方法です。
めっき上の酸化膜を除去した後、湿潤環境下で自然酸化を促し、表面に薄い鉄さび状皮膜を形成させます。
これにより摩擦係数が高まり、接合面のすべり係数の確保が可能です。
再めっき処理
もしめっき面にキズが入ってしまった場合は、リン酸処理ができないため、補修箇所を再び溶融亜鉛槽に浸漬して新たなめっき層を形成する再めっき処理を行います。
再めっき後は、必要に応じてリン酸処理や赤さび処理を行い、規定のすべり係数をクリアできているかどうか確認が必要です。
技術資料を読んで正しく理解した上でジンク塗料を使おう
本記事で解説してきたとおり、一部の情報を切り取ることによって、「ジンク塗料のみで高力ボルト接合面のすべり係数を確保できる」という誤解が業界に広まっています。
下地処理でブラスト処理が必須であり、ジンク塗料のみではすべり係数の確保が難しいのが実状です。
構造物の信頼性を担保するためには、情報収集の時短を意識するのではなく、技術資料を読み込み、製品や施工方法を正しく理解することが大切です。
高力ボルト摩擦接合は、鋼構造物の要となる重要な接合方法です。
その安全性を確保するため、正しい知識と適切な施工の普及に、本コラムが少しでも貢献できれば嬉しく思います。